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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)2543号 判決

原告 菅沼美治

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 中田順二

被告 エムケイ株式会社

右代表者代表取締役 南部昌也

右訴訟代理人弁護士 森下弘

同 山下潔

同 山下綾子

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告菅沼美治(以下「原告菅沼」という。)に対し、金九九一三万二〇〇〇円、原告渡邊好江(以下「原告渡邊」という。)に対し、金三〇〇万円及び右各金に対する昭和五八年五月二二日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五八年五月二二日午前四時三〇分頃

(二) 場所 京都市下京区新町花屋町交差点

(三) 態様 原告菅沼が自動二輪車(京む八二六五、以下「原告車」という。)を運転し、新町通を北行して前記交差点に進入したところ、平岩卓巳(以下「平岩」という。)が運転して花屋町通を西行してきた普通乗用自動車(京五五う二五五四、以下「被告車」という。)と衝突したもの。

2  責任原因

被告は、本件事故当時、被告車の所有者であり、その運行供用者として、自動車損害賠償保障法三条に基づき、同事故によって原告らが受けた後記人的損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 本件事故により、原告菅沼は、脳幹部脳挫傷、右鎖骨骨折等の傷害を負い、その結果、原告らは次のような損害を被った。

(1) 原告菅沼

ア 入院雑費        三九七万円

一日一〇〇〇円の割合による入院三九七日分

イ 入院付添看護費 一九八万五〇〇〇円

一日五〇〇〇円の割合による右入院期間分

ウ 将来の付添看護費   四八〇六万円

原告菅沼は、昭和四一年七月一八日生れであって、余命を五六年とみるのが相当であるところ、一日五〇〇〇円の割合による付添看護費を要するから、五六年の新ホフマン係数二六・三三五をもちいて算出した付添看護費の現価。

エ 休業損害        一八三万円

本件事故当時、原告菅沼は、一八歳の男子で、母親である原告渡邊が営む飲食店の仕事を手伝っていたのであるが、本件事故により一二か月間休業を余儀なくされた。そこで、休業損害は、一八歳男子の月額平均賃金である一四万一一〇〇円の一二か月分。

オ 逸失利益       四〇八五万円

原告菅沼は、六七歳までの就労可能年数が四八年であって、その新ホフマン係数は二四・一二六であるから、前記月額平均賃金一四万一一〇〇円を基礎として算出した逸失利益の現価

カ 慰謝料        二三〇〇万円

a 入通院分三〇〇万円

b 後遺症分二〇〇〇万円

キ 弁護士費用       三〇〇万円

(2) 原告渡邊

慰謝料         三〇〇万円

よって、被告に対し、本件事故に基づく損害賠償として原告菅沼は、前記損害のうち自賠責保険から受けた弁済金二〇〇〇万円を控除した額である金九九一三万二〇〇〇円、原告渡邊は、金三〇〇万円及び右各金員に対する不法行為の日である昭和五八年五月二二日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は全部認める。

2  同2の事実中、被告が本件事故当時加害車の運行供用者であったことは認める。

3  同3のうち、入院期間は認め、その余の事実はすべて知らず、損害額も争う。

なお、入院付添看護費は一日当り三〇〇〇円が相当であり、将来の付添看護費については、医師の証明がなく、自宅(通院)付添であることに鑑みると、付添看護の必要性に乏しいというべきである。また、原告菅沼の慰藉料は、入通院分につき二四〇万円、後遺症分については、一旦障害等級四級と認定され、後日異議申立により一級に認定替となった経緯及び症状固定時以後も回復傾向にあることに鑑み、一四〇〇万円が相当である。そして、原告渡邊に独自の慰藉料を認めるべき特別な事情は存しない。

三  抗弁

1  免責事由

本件事故は、原告の一方的過失に基づいて生じたものであり、平岩及び被告に何らの過失も存しない。

すなわち、本件事故は、原告菅沼運転の原告車が、南行の一方通行指定道路である新町通を、右指定に違反して北方し、かつ本件交差点手前で一時停止することなく、かなりの速度で本件交差点に進入してきた過失に基づいて生じたものである。他方、平岩は、本件交差点手前では、一方通行指定に従って本件交差点に進入してくるであろう車両の有無を確認した上で、本件交差点に進入したもので、交通違反をして一方通行指定道路を逆行してくる車両の存在まで予見して前方注視をする義務は存しない(信頼の原則)ことに照らせば、平岩には何らの過失も存しない。それに、被告車は制限速度を遵守していたものである。

なお、前記事故現場直前の加害車進行道路に横断歩道が存するが、当時、右横断歩道を横断しようとする者はひとりもなく、人通りが全くない状況であったから、被告車には右横断歩道手前での徐行義務は発生していなかったものである。また、仮に、被告車が徐行していたとしても、前記原告の過失の態様から考えれば、本件事故は回避しえなかったことは明らかである。

2  過失相殺

仮に、平岩に過失が存したとしても、原告菅沼にも前記の如く重大な過失が存するのであるから、被告の賠償額を大幅に減縮すべきであり、多く見積っても平岩の過失割合は一割に満たないといわなければならない。

3  損益相殺

原告菅沼は、自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受けて、その限りで損害が填補された。なお、右損益相殺は、過失相殺後の原告菅沼の損害額についてなされるべきである。

四  抗弁に対する認否等

1  抗弁1、2については、被害車が一方通行指定に違反して本件交差点に進入した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

なお、本件事故当時は夜間であったこと、原告車が単車で被告車は中型車であったこと、事故現場は住宅密集地であったこと、被告車の進行道路の道幅が本件事故現場二〇メートル位手前から狭くなっていること、事故現場直前に横断歩道があること等から、被告車には徐行する義務があったのに平岩は右義務を怠り、且つ、平岩は北方のみを注視し、南方の注視を怠ったものであり、右各義務違反により本件事故が生じたのである。したがって、平岩の過失も相当大きい。

2  抗弁3のうち、原告菅沼が自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受けた事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  交通事故の発生

請求原因1記載の日時、場所、態様において、平岩運転の被告車と原告菅沼運転の原告車との衝突事故が発生したことは当事者間に争いがなく、その結果、原告菅沼が脳幹部挫傷、右鎖骨骨折等の傷害を負ったことは、《証拠省略》によってこれを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

また、被告が本件事故当時、被告車の運行供用者であったことは当事者間で争いがない。

二  抗弁1(免責事由)について

ところで、被告は、本件事故が原告菅沼の一方的過失に基づいて生じたもので、平岩及び被告に何ら過失がない旨主張しているのであるが、その趣旨とするところは要するに、被告車の構造上の欠陥又は機能上の障害の有無が本件事故と無関係である旨を暗黙に主張しているものと解すべきであるから(最判昭和四五年一月二二日、民集二四巻一号四〇頁参照)、以下この見地に即しながら、まず本件事故の経緯について検討する。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件交差点は、いずれもアスファルト舗装された東西に通ずる花屋町通と南北に通ずる新町通がほぼ直角に交差する十字路であるところ、信号機による交通整理は行われておらず、また、優先道路や車両の通行を規制する道路標識等も存在しないのであるが、付近道路に時速四〇キロメートルの速度規制がなされている。花屋町通の本件交差点東側は、両側に歩道を擁し、車道幅員が約六・六メートルあって、中央線により東行及び西行各一車線ずつに区画されているほか、交差点手前に横断歩道が設けられている。他方、新町通の本件交差点南側は、西側の路側帯を除く幅員が約三メートルあって、南行の一方通行指定がなされている。なお、右の両通相互間は、交差点手前五メートル前後に接近しないと、見通しがきかない。

2  平岩は、被告車に乗客三名を乗せて花屋町通西行車線を時速約四〇キロメートルで西進して本件交差点に差しかかり、他に特段注意すべき事情も認められないまま、新町通を南下して来るかも判らない車両に注意を払いながら、直進すべく同交差点に入った途端に、助手席の客の危険を察知させる声を聞き、直ちに制動措置を講じた。折から原告菅沼は、原告車後部に友人を乗せ、南行の一方通行指定に違反して、新町通をかなりの速度で北進し、本件交差点をそのまま通過しようとして、被告車左前輪付近のフェンダーに衝突した。

以上の認定事実に反する証拠はない。

そこで、本件事故に即して考察すると、花屋町通は交差する新町通との関係で道交法三六条二、三項にいわゆる準優先道路にまた、本件交差点は同法四二条一項一号所定の見とおしのきかない交差点に、それぞれ該当すると解するのが相当である。しかも、前叙のとおり本件交差点は交通整理が行われていなかったうえ、予測可能な具体的危険も認め難い情況下にあったことに鑑みると、被告車を運転していた平岩には本件交差点で徐行すべき義務はなかったのであり(最判昭和四三年七月一六日、刑集二二巻七号三一七頁)、非難されるべき点は認め難いというべきで、本件事故は専ら原告菅沼の所為のみにより発生したものと解するのが相当である。

三  以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石田眞)

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